3Dプリンターというと、小さなオブジェやフィギュアを作るイメージが強いかもしれませんが、実は住宅や建築物を作ることも可能な技術です。
海外ではすでに3Dプリンターで家を建てる事例が多数報告されており、コストや工期の面で従来の建築に比べて大きなメリットがあると言われています。
では、日本では3Dプリンターで家を建てることは実用化されているのでしょうか?
この記事では、日本で初めて完成した3Dプリンターの家や、今後の展望について紹介します。
1.日本で初めて完成した3Dプリンターの家「Sphere(スフィア)」
ここでは、日本で初めて完成した3Dプリンターの家「Sphere(スフィア)」について紹介します。
3Dプリンターとは、コンピューターで設計したデータをもとに、素材を層状に積み重ねて立体的な物体を作る機械です。
この技術を使って、低価格で短時間で住宅を建てることができるというのが、「Sphere(スフィア)」の特徴です。
では、「Sphere(スフィア)」はどのような住宅なのでしょうか? その点について見ていきましょう。
①10平米の球体状の住宅
Sphere(スフィア)は、日本初の3Dプリンターで建てられた家です。
その名の通り、球体状の形をしており、直径は約3.5メートル、床面積は約10平米です。
内部にはベッドやテーブル、椅子などが設置されており、快適に過ごすことができます。
また、窓やドアも3Dプリンターで作られており、外からの光や風を取り入れることができます。
施工にかかった時間はわずか23時間12分で、そのうち約2/3は外壁の塗装と足場の設置に費やされました。 つまり、3Dプリンターで住宅部分を出力する時間は約8時間だったということです。
Sphere(スフィア)は、建築会社のセレンディクスと3Dプリンター開発会社のPolyuseが共同開発したものです。
セレンディクスは、耐火性や断熱性に優れたセラミック素材を3Dプリンターで成形する技術を持っており、Polyuseは、高精度で大型の建設用3Dプリンターを開発しています。
この二社が協力して、Sphere(スフィア)を実現しました。
②24時間で施工可能、価格は300万円
Sphere(スフィア)の最大のメリットは、その施工速度とコストです。
従来の建築方法では、数週間かかる工程を、3Dプリンターではたった24時間で完了することができます。
また、価格も300万円と非常に安く抑えることができます。
これは、3Dプリンターが必要な分だけ素材を使用し、無駄を省くことができるからです。
素材は特殊なモルタルで、鉄筋や鉄骨などの指定建築材料を使わずに一体成形することができます。
また、内装や設備もシンプルにまとめられており、必要最低限の機能を備えています。
「Sphere(スフィア)」は、グランピングや別荘、災害復興住宅などに向いており、価格は300万円とされています。
今後は一般消費者向けにも販売される予定で、慶應義塾大学と共同開発中の49平米500万円のモデルや、100平米300万円のモデルも計画されています。
③グランピングや趣味の空間として利用予定
Sphere(スフィア)は、現在は試作品として完成しており、一般に販売されていません。
しかし、今後はグランピングや趣味の空間として利用される予定です。
グランピングとは、グラマラス(豪華)なキャンピング(野営)のことで、自然の中で快適に過ごすことができる新しいスタイルの旅行です。
Sphere(スフィア)は、その理想的な宿泊施設となり得ます。
また、趣味の空間としても活用できます。例えば、読書や音楽鑑賞などを楽しむために使うことができます。
2.日本で3Dプリンター住宅を実用化するための課題と取り組み
ここでは、日本で3Dプリンター住宅を実用化するための課題と取り組みについて紹介します。
この技術は、建設業界の人手不足やCO2排出量の削減などの課題に対応できる可能性がありますが、日本ではまだ一般的な住宅としては利用できません。
では、日本で3Dプリンター住宅を実用化するためには、どのような課題を解決しなければならないのでしょうか?
また、その課題に対してどのような取り組みが行われているのでしょうか? その点について見ていきましょう。
①建築基準法や基礎工事の条件に合わせる必要がある
日本で3Dプリンター住宅を実用化するための最大の課題は、建築基準法や基礎工事の条件に合わせる必要があるということです。
建築基準法とは、建築物の安全性や衛生性などを保障するために定められた法律です。
建築物を建設する場合には、この法律に基づいて国土交通大臣や市町村からの確認や認定を受ける必要があります。
しかし、3Dプリンター住宅では、一般的な建築物とは異なる素材や構造形式を用いることが多く、建築基準法に適合しない場合があります。
例えば、セレンディクス株式会社が開発した球体状の3Dプリンター住宅「Sphere(スフィア)」は、特殊なモルタルを使っており、鉄筋や鉄骨などの指定建築材料を使わずに一体成形することができます。
しかし、このような建築物は、安全性を証明するために国土交通大臣の個別の認定が必要です。 また、市町村の建築確認申請の手続きも必要です。
基礎工事とは、建物の下部にあたる部分で、地盤や土壌の状況に応じて適切な方法で施工する必要がある工事です。
基礎工事は、地震や風などの外力に対して建物の安定性や耐震性を確保するために重要です。 しかし、3Dプリンター住宅では、基礎工事がされていない場合があります。
例えば、「Sphere(スフィア)」では、床面積が約10平米と小さく、建築確認申請が不要な場合に限って販売されています。
そのため、基礎工事は行われていません。 しかし、地盤や土壌の状況によっては、耐震性が低下する可能性があります。
これらの課題を解決するためには、3Dプリンター住宅の素材や構造形式を建築基準法に適合させることや、基礎工事の方法を確立することが必要です。
しかし、これらのことは簡単にできることではありません。
3Dプリンター住宅の特徴である低価格や短時間での施工を維持しつつ、安全性や耐久性を高めることは、技術的にも経済的にも困難です。
また、建築基準法や基礎工事の条件は、地域や時代によって変化する可能性があります。
そのため、3Dプリンター住宅の開発者や施工者は、常に最新の情報や規制に対応できるようにする必要があります。
②セレンディクスとAGCセラミックスが協業して耐火性や断熱性を向上させる
日本で3Dプリンター住宅を実用化するための一つの取り組みとして、セレンディクス株式会社とAGCセラミックス株式会社が協業していることが挙げられます。
両社は、3Dプリンター用セラミック造形材「BRIGHTORB(ブライトーブ)」を3Dプリンター住宅に活用することで、耐火性や断熱性などの機能性と内外仕上げの美しさを兼ね備えた住宅を開発することを目指しています。
「BRIGHTORB」は、AGCセラミックスが開発した3Dプリンター用セラミック造形材で、ガラス窯用耐火物の製造工程で生じる副産物を再資源化した人工砂を主原料としています。
この素材は、収縮率が約1%と小さく、高い寸法精度で複雑な形状を造形できます。
また、釉薬(ゆうやく)と呼ばれるガラス質の粉末をかけて再焼成することで、質感を向上させたり着色したりすることができます。
セレンディクスは、「Sphere(スフィア)」の内外装に「BRIGHTORB」を適用することで、カラフルな外観や独特の質感を実現できると考えています。
また、「BRIGHTORB」は耐火性や耐水性などの機能性も高いため、3Dプリンター住宅の安全性や耐久性も向上させることができます。
さらに、「BRIGHTORB」はエコフレンドリーな素材でもあるため、3Dプリンター住宅のサステナビリティも高めることができます。
両社は「Sphere(スフィア)」の内外装に「BRIGHTORB」を適用するための試作品を製作中で、2023年中には実物大のモデルを完成させる予定です。
その後、建築基準法や基礎工事の条件に合わせて、安全性や耐久性の検証を行うことで、日本での3Dプリンター住宅の実用化に向けて進めていくことになります。
③Polyuseが建設用3Dプリンターの精度や品質を高める
日本で3Dプリンター住宅を実用化するためのもう一つの取り組みとして、建設用3Dプリンターを開発する株式会社Polyuse(ポリウス)が挙げられます。
同社は、建設業界特化型のハードウェア、ソフトウェア、サービスの企画設計・製造・販売を展開しており、国内唯一の建設用3Dプリンターメーカーです。
同社は、2022年1月に国土交通省公共工事において技術採択され、2022年度は全国で30件強の3Dプリンター施工を実施しました。
Polyuseの建設用3Dプリンターは、セメント系の材料を層状に積み重ねることで造形します。
箱状のフレーム内を出力ヘッドが自由に動き回る構造で、これは既存の3Dプリンターと同じです。
しかしよく見ると、サイズが大きいということに気がつきます。
なんと縦横高さが最大3メートルもあるのです。 人間よりも高いフレームゆえに、出力できるサイズも段違いです。
建築物の施工に利用したような高さ1.5m、横幅4mのパーツがプリント可能です。
この建設用3Dプリンターで出力したパーツを組み合わせることで、建築物まで作ることもできます。
Polyuseは、現在パートナー企業を中心に順次納品している建設用3Dプリンターの精度や品質を高めるために、印刷方法の多角化などを目的としたさらなる研究開発を推進しています。
例えば、「Sphere(スフィア)」では特殊なモルタルを使っており、水を加えて素材を3Dプリンターに供給する必要がありますが、Polyuseの建設用3Dプリンターでは、水を加える必要がない乾燥粉末を使っています。
これにより、素材の供給や品質管理が容易になります。
また、Polyuseは、印刷方法の多角化を目指しており、例えば、曲面や傾斜面などの複雑な形状を印刷できるようにすることや、印刷中に色や素材を変えることができるようにすることなどを研究しています。
Polyuseは、2021年9月に7.1億円の資金調達を行っており、その一部は3Dプリンターの精度や品質、印刷技術の研究開発に充てられるとしています。
同社は、建設用3Dプリンターの普及とともに、建築物のデザインや機能性を向上させることで、建設業界のイノベーションに貢献することを目指しています。
おわりに
3Dプリンターで家を建てることは、住宅問題や環境問題に対する革新的な解決策となり得ます。
日本ではまだ一般的な住居としては利用できませんが、先進的な企業や研究機関が技術開発や法制度の整備に取り組んでいます。
近い将来、3Dプリンターで自分好みの家を手軽に建てられる時代が来るかもしれません。